板倉の想いを受けたル・コルビジェを織った、川島織物

60年前、ル・コルビジェと板倉順三の依頼により、東急文化会館に掛けられる大型の緞帳制作に川島織物は携わりました。

板倉順三の願いにより、ル・コルビジェがその想いを画にしてそれを川島織物が織物にして表現するという壮大な作品を、2018年特別見学会という形で拝見する機会に恵まれました。

ル・コルビジェと板倉順三は師弟関係にあり、板倉はその願いを師に託します。コルビジェは、避暑地の南仏にてこの大作の創作に掛かり、昭和31年11月お披露目されました。

 

この1・5のサイズの緞帳が2018年ふたたび制作され、ヒカリエに飾られているそうです。

糸の選定から準備まで、コルビジェの画を織物に落とし込もうという壮大な様子がうかがえます。コルビジェお馴染みのモジュールアイコンが、左下に記されています。

聞くところによると、この画は昼と夜から成っているそう。お月様は良く分かりませんが、太陽は分かりますね。

上に居る人から、どんなに大きいかお分かりいただけるでしょう。

サインも忠実に織られていました。

伺った時も新たな緞帳が制作されていました。裏で見るので大変そうです。

 

 

 

あの旧前田邸のカーテンのような、奥行きあるファブリックがおられています。。

繊細な糸による織物も制作されていました。

 毎日少しずつ、進められているそうです。 今では作られていない織機を、廃業する会社が出るたびに買い取ってはメンテナンスし、パーツを流用して使い続けているそうです。このような会社は文化的価値も大きく、人の育成や継承もぜひとも行い続けていただきたく、文化財保護のような何かのサポートを受けられればいいなと、大きな施設を周らせていただきながら思うのでした。


旧前田家本邸洋館、本邸和館

加賀百万石の当主だった旧前田家の前田利為侯爵の邸宅、駒場前田邸。和洋建築の粋を集めた洋館は昭和4年に、書院造の和館は昭和5年の完成という、昭和の初め色濃い邸宅です。旧阿重田家本邸洋館は、コンクリート造りの化粧レンガ、タイル張りを施した意匠溢れる建物で、延べ床面積2992㎡地上3階地下一階の建物で時の華麗な社交場を思い起こさせます。和館は、侯爵がロンドン駐在武官であったことから外人客の接待用に建てられたとも言われ、縁側からの日本庭園の眺めが美しい建物です。

かつては住宅にもパーケットの床張りが見受けられました。腰掛けるに程よい越窓に豊かなドレープの縁取りが、絶好のピクチャーウィンドウとなって、外の樹木を取り込みます。今ではもう日本製では手に入らないであろう華やかな壁紙や凝った鋳物の暖炉。華やかな色や柄の仕上げではありますが、なぜか華美すぎず、シャンデリアの装飾が控えめな日本らしい美しさを醸しています。

この優美な邸宅は第2次大戦で当主を失い人手に渡り、終戦とともに占領軍に接収されましたが、その後連合軍司令官の官邸として使用され、国に買い取られてより目黒区に移管され、旧前田家本邸として平静25年に国の重要文化財に指定されています。

凝ったカーテンに施したフリンジ。各部屋のカーテンの色はそれぞれ異なります。

 

嗚呼  なんときれいな事でしょう。日本にももう一度、こんなパリで見られるような華麗なる仕上げ材が使われるホテルを作っていただけないでしょうか。

光沢を蓄える綺麗な色の壁紙。コーラルは2019年のトレンド色。カーペットのアクセントカラーはこちらも旬な楽しさを加えるイエローです。照度が確保しにくかった昔ながらの空間に品と暖かみを与えていて、上品ながら美しく愛らしい部屋です。

同様の仕上げでも構築的な石が置かれシンメトリースタイルになると趣が加わり重厚感が加わります。

カーテンはあのいちご泥棒。織物なのでカワセルさんの作品ですね。

金唐紙の壁紙です。触ってはいけませんのマークがありますが、ほんとに触って確かめたい! 紙には全然見えません。何工程も経てとありますが、革と見まがう重厚な様に、紙を使ってでもこの意匠を創り上げた憧れや意気込みを感じさせます。  

これらの中では比較的さっぱりと感じられた次女の部屋でしたが、可愛い花や蝶が壁紙に舞い、面で表される具象化された植物柄のカーテンもなかなか凝っています。日本人は蝶を好まないなどと聞きますが、紋章や昔の柄に良く登場していたような。むかーし作った黒地の帯にも金や朱の蝶が刺繍されていました。着物もカーテンもカーペットも、色がいっぱいでしたよね。いつから日本人は凝った柄物や色使いの仕上げから縁遠くなってしまったのでしょう。

綺麗な書斎室。そう、こんな色物のカーペットも良く敷いてありました。このカーペットもコーラルですね。アールデコな時代の色を感じます。重厚過ぎない部屋の数々に、当主の趣向を感じます。

書斎いいですねー。洋館だけど床しつらえ。壁紙はスイスのサルブラス社のものだそう。一部にオリジナルが残っています。

前田伯爵夫妻の寝室。ベッドやキャビネットなどの家具は英国ロンドンのハンプシャー社の誂えで、船で取寄せられたそうです。壁紙は金と銀。ベッドヘッドの上には前田家の守り刀が設えられています。

ハンプトン社によるっクローゼット、鏡台、チェストのデザイン画。この他ベッドや書斎の机などの家具には、ダイヤとクローバーをモチーフにした装飾が施されているそう。見るとザイン画では洗面が想定されたていたようですね。

長男の部屋の壁紙。トワルドジュイを思わせます。

和館は一転、庭の眺めが楽しめる、客人をもてなしたであろう様子がうかがえる清々しい造りの広間となっていました。


カラーで印象を創り上げた、ティファニー

ティファニーは、エレガントで独創的な色で企業イメージを表現したいと、オリジナルの色の考案を依頼します。1853年の事だったそうです。

一流のジュエリーへのこだわりと数々の作品の創造により、チャールズ・ルイス・ティファニーは「キング オブ ダイヤモンド」と称されました。1878年には世界最大級にして最高級の287カラットのファンシーイエロー ダイヤを購入。比類ないカットで完成して公開するなど、世界の話題を集め、ダイヤやシルバー、後に陶器でも名を馳せてゆきます。

年に一度発行されるティファニーのブルーブックは人々を魅了し、ますます知名度を上げたそう。こだわりの品質、独創的なデザインで憧れのブランドの一つとなったティファニーは、180年以上前から工夫を重ね、世界で知られるブランドとなって行ったんですね。

そのティファニー氏は、エレガントで独創的な色で企業イメージを表現しようとオリジナルの色の配合をパントン社に依頼しました。

ティファニーブルーは、ヴィクトリア朝のイギリスで珍重されたこまどりの卵の青を基にしています。このコマドリの卵の青は、ウジェニー皇后(在位1853-1871)が好んだ色として大流行し、重要な台帳の表紙に使われるなど、大切なものを表す色として使われました。

ウジェニー皇后と女官たち コマドリの卵の青のドレスですね

スペイン貴族の出で、フランスで名高いサクレクール女子修道院で高い教育を受けたウジェニー・ド・モンティージョは、その美貌とセンスでフランス皇帝ナポレオン三世の求愛を受けウジェニー皇后となります。ウジェニーは貴族的気品で家柄に対する反発を覆し、欧州の宮廷で大流行となる新しいスカートスタイルを打ちだすなど、当時のファションリーダーとして知られたそうです。

また、バロックやロココなどの装飾的・官能的な流行に与しない、「真の様式」と言われる新古典主義用いたウジェニーによる宮廷の家具やインテリアの装飾を採用し、そのスタイルはシックのもとになったともいわれているそうです

そんな彼女が好んだ色がコマドリの卵の青で、ティファニーはこのフランスの気品漂う人気の色を自社のブランドカラーとして採用しました。ティファニーの製品を手にするものだけが持つことができるという、ブルーボックスの登場です。

1906年のニューヨーク・サン紙は、「ティファニーには、どれだけお金を積まれても決して売らないものがある。それは名前が入ったあの青い箱だ」と述べブルー ボックスはティファニーの代名詞として知られるようになりました。

調色はパントンが行い、その配合はティファニーだけのものとして不出です。ディファニー氏の強い要望により、色の品番は創業年の1837になり、ムラのない色を出すため、顔料などを駆使してあの色が生み出されているそうです。

たしかにブルーボックスは、引き出しの奥深くにずっと大切に仕舞われ保管されてました。そう、あのブルーだからいいんですね。当時のトレンドセッターのチョイスが今も息づくようです。


インド政府機関 5都市を周るプレゼンツアー②

インド繊維省の各出先機関プレゼンツアー、ムンバイ、カルール、パニパット、デリー、ジャイプール5都市周遊 その②

2019年はマハトマガンジー生誕150周年の年にあたるそう。KHADAI、カディと呼ばれるインド各地に残る手紡ぎ・手織りの布は、イギリス植民地時代、ガンジーがイギリスの機械織りの布に対抗するために人々に仕事を与え、自立を促し団結させるために広めたと言われています。今でも多くの人が繊維業に携わり、インド各地で布創りを大切に思って継承している背景が垣間見られます。

HEPC提供

<グルガオン>

グルガオンにある1978年に設立されたインドのアパレル輸出業者の公式団体、AEPC、アパレル輸出促進協議会(Apparel Export Promotion Council)でセミナー。AEPCの本部はグルガオンにあり、インド全土に10の事務所を構えて衣料品製造とその輸出促進の強力なサポートをしてます。

結構質問も飛び交い、議論が白熱するのがインド流。体力要ります。この日は製品の安全検査について話が膨らみました。翌朝はデリー空港からジャイプールに飛びます。

 

空港は溢れんばかりの人の山。インド人に何でこんなに混んでるんだと聞かれるありさま。荷物検査も一時間以上は掛かりそう、飛行機間に合いません。。。

そこに機関の人がやってきて裏技発揮。アブラカダブラとかなんとか言うと、別ルートで時短し荷物検査に進めました。

デリー空港はエアポートサービスでNo.1です。こんなに広いし、人も溢れてるのに。機関の人は段ボール包みのレジュメや資料の数々も毎回チェックインしてました。最初は手荷物にした方が安心ではと見てましたが、毎回ちゃんと全部届きます。

インドの、お家からお弁当を配達するあの感じ。一見混乱してそうですが、あの人山と荷物の山なのに、凄いです。ほとんど怒らないし、割り込まない。決しておっとりしてるわけではなく計算も早い。一度チェックインに手こずりましたが、通路側がイイと言ったので、6時間先のコネクトフライトでしたが何か調べて取ってありました(驚き)。作業に手間取って皆に覗かれても特に焦る風でもなく、並んでいるインド人も見てはいるけど怒りません。せかせか暮らす日本人としてはハッとします。

<ジャイプール>

ジャイプール到着。ジャイプールラグは有名ですね。

ジャイプールではGEAR、ラジャスタン州の衣料品輸出業者協会(Garment Exporters Association of Rajasthan)にてセミナーと交流会を行いました。翌日は新設の工業団地にある工場を訪問。ジャイプールは、ブロック印刷やビーズ刺繍など付加価値を施した手仕事による製品やアートシルク、綿ボイル、レーヨン、ビスコース、ポリエステルを絹とブレンドした製品など、手織りによる製造や工業化された工場がともに発展しているそうです。

メチャ熱心に聴かれてます。乗り出して見てますね。

日本の繊維製品の安全評価を行う唯一の評価機関、ニッセンケン品質評価センターのゴードさん。かなり真面目に討論が白熱。

最後なのでせめてどこか見たい!と会合の後深夜ですが市内拝見。綺麗です~。この3分後に12時ということで照明消え(^^;   ジャイプールは赤土で知られます。信じられませんが写真ない~💧

インド政府は2018年度予算でテキスタイルパーク構想に400万ドル相当を配分。官民提携事業方式(PPP)を基に最新式のインフラ設備を提供し、繊維産業団地の開発を推進。総額1億8,500万ドルのテキスタイルパークを構想しています。安定した経済成長のもと、国内においては消費者の意識も高まりを見せ、旺盛な消費の伸びと、欧米アパレル企業との提携による輸出ニーズが拡大しています。デリー近郊の計画都市ノイダにはインドで4店舗目となる無印良品も進出し、2020年にはデリーからの地下鉄の開通も予定されて、益々の発展が見込まれます。

開発の繊維工業団地に施設を増床した工場を複数訪問

ジャイプールは刺繍やビーズでも知られています。

女性も男性も、若い人とご年配の方がそれぞれ働いてます。素敵な着こなしですね。

コットンを集め撚ってるようでした。深い肌の色に染色された深く鮮やかな衣服がお似合いです。

縫子男子です。アメリカ向けのベッドリネンだそうです。

 

 

 

 

 

オーガニック繊維の取組もされていました。ミルクにバナナにオレンジに、沢山あります。欧米は勿論、ベトナムやタイ、ラオスや中国にも輸出しているそうです。他にできないタイダイ(絞り)技術があり、日本のソックスなどに輸出しているそうです。先日インテリアのセレクトショップで発見し購入してみましたが、綿がいい感じで柄もどこかレトロでかえって新しいです。

ショッピングモールやダンスクラブ、カフェなどの進出も急速に進み、開発ラッシュでインディラ ガンジー国際空港近隣の主要ホテルは何処も満室。JWマリオットを始め巨大ホテルが続々と建設されてます。やっと予約が取れたホテルも建設されたばかりで、ロビーには巨大デジタル印刷の壁紙が貼られ、客室もデジタル印刷の壁紙にインド製のファブリックスが配されてました。

 ホテルには巨大デジタル印刷の壁紙が貼られ、地元ラグやファブリックが設えられています。

4つのラグジュアリーホテルが面する中庭には夜中まで開くショップが並び、カフェやクラブも。警備も厳重です。

 凝縮のインド 広ーいでした ❣